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大阪高等裁判所 昭和47年(う)1421号 判決 1973年5月09日

被告人 福原武光

主文

控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一四〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

弁護人の控訴趣意中事実誤認の主張および被告人の控訴趣意について

論旨は要するに、被告人は原判示第一の犯行の際、飲酒酩酊して心神耗弱の状態にあつたのに、これを認めなかつた原判決は事実を誤認したものである、というのである。

よつて案ずるに、原判決挙示の証拠によると、原判示第一の犯行の際の被告人が心神耗弱の状態になかつたことは優にこれを肯認しうるところである。すなわち、これらの証拠によると、なるほど、被告人は、本件犯行当日の午後三時ごろから六時ごろにかけて、ウイスキー角瓶一本(サントリーレツドの角瓶)を飲み、その後更に長女(五歳)を連れて銭湯に行つての帰途、付近の酒屋でウイスキーグラス合計五杯のウイスキーを飲むなど多量の飲酒をしているのであるが、吉永博一、神保光男、松森利孝の各警察官に対する供述によつて本件犯行当時の被告人の言動をみると、被告人は、前記のとおり、銭湯に行つての帰途酒屋でウイスキーを飲み、原判示第一のいとこに当る神保博一方を訪れているのであるが、同所で吉永博一、神保光男他二名がマージヤンをしているのを見て、「マージヤンしとんか」と言いながら入つて来て、「電話を貸してくれ」と言つてどこかへ電話しようとしていたこと、そして、「ビールを一杯飲ましてくれ」と言い出し、出されたビールを飲みながら吉永博一に対し、「お前はじめてやな」と言つたところ同人が、「前に一度会つたやんか」と返答したので、「そんな言い方気にくわんそんな言い方されたらわしも手を出したくなる」と怒り出し、同人が「すみません、これから気をつけます」と謝ると、「今は腹におさめておくけど今度会つた時はどないするかわからへんど」とからんでいたこと、そのうち、出されたビールを持つて帰ると言い出し、栓を受け取つてビール瓶を置いたところ、瓶が倒れて中身がふき出したこと、それを見て被告人は、「腹が立つ」と言うや、突然ビール瓶を手に持つて吉永博一の頭部を殴打し、更に、割れたビール瓶の残りを同人の向う側に座つていた神保光男に投げつけて、両名に原判示の傷害を負わせたこと、以上の事実が認められるのであつて、これらによると、たしかに犯行の動機が薄弱であることは所論のとおりであるが、全く無差別に犯行がなされているのではなく、その返答のし方を悪いと感じとつた吉永博一と、その向う側にいた神保光男とに攻撃しているのであつて、通常人にとつて了解可能な行動と認められ、これらと、前記被告人の発言内容等を併せ考えると、原判示第一の犯行当時の被告人は、是非善悪の弁別力がかなり減弱していた状態にはあつたが、その程度が著しく減弱していたとまでは認めがたいのである。当審における鑑定人太田幸雄の鑑定の結果によると、被告人は慢性アルコール嗜癖の状態にあつたが、アルコール性精神病にかかつた事実はなく、本件犯行当時の被告人の酩酊状態は、気分が一般に刺激的であり、往々にして粗暴な行動のみられる複雑酩酊に過ぎず、周囲に対する本質的誤認があり、現実意識を喪失し、盲目的、非現実的、夢幻的色彩を帯びた行動をとる病的酩酊ではないと鑑定されているのであつて、これによつても、本件犯行当時の被告人が心神耗弱の状態になかつたことは明らかである。なお、所論は、被告人の警察における自白は取調官に押しつけられ、かつ、罰金ですむと利益に誘導された結果、犯行当時の模様につき全く記憶がなかつたのに、これがあるように述べたものであつて、信用性がない旨主張するのであるが、警察での取調べ状況が所論のとおりであつたことを認めるに足る証拠がないばかりか、前記のとおり、犯行当時居合わせた人達の供述によつて、認められる被告人の言動によつて被告人が心神耗弱の状態になかつたことは優にこれを認めうるのであるから、所論をもつてしても、前記認定を覆すに足りないというべきである。その他所論にかんがみ更に記録を精査しても、原判決には所論の事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は要するに、原判決が原判示第一の事実について、心神耗弱を認めないで、被告人を懲役一〇月に処したのは、事実を誤認しひいて不当に重い刑を科したものである、というのである。

しかしながら、原判示第一の事実について、心神耗弱を認めなかつた原判決に事実誤認のないことは前叙のとおりであるから、心神耗弱であつたことを前提とする量刑不当の主張は、その前提を欠きこれを採りえないのであるが、なお本件犯行の動機、態様、被害者に負わせた傷害の結果、被告人の前科等に徴すると、被告人を懲役一〇月に処した原判決の量刑はやむをえないところであつて、重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意補充書中、裁判所の職権の発動を促す主張について

所論にかんがみ職権をもつて案ずるに、原判示第二の事実は「被告人は、昭和四七年七月五日午前一〇時頃、神戸市生田区東川崎町五丁目六一番地松原荘二号室の自宅において、同所に遊びに来ていた内田光代(当時一三歳)を、一八歳未満の者であることを知りながら姦淫し、もつて青少年に対しみだらな性行為をした」というのであつて、原判決はこの事実に対し、昭和三八年兵庫県条例一七号青少年愛護条例(以下本件条例という)八条の二、一項、一七条二項一号を適用処断している。右条項は、青少年(六歳以上一八歳未満の者、ただし、法律により成年に達したとみなされる者および成年者と同一の能力を有する者を除く、――本件条例二条一項)に対し、みだらな性行為またはわいせつな行為をした者に対し、五万円以下の罰金に処すべき旨を規定するのであるが、その立法の趣旨、目的が「青少年の健全な育成を図り、あわせてこれを阻害するおそれのある行為から青少年を保護すること」にあることは、本件条例一条の目的規定に徴し明白である。

ところで、憲法九四条は「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」とし、地方自治法一四条一項、五項は、普通地方公共団体(以下地方公共団体という)は、法令に違反しない限りにおいて、同法二条二項の事務に関し、条例を制定することができ、法令に特別の定があるものを除く外、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役もしくは禁錮、一〇万円以下の罰金、勾留、科料または没収の刑を科する旨の規定を設けることができるとしている。そして本件条例八条の二、一項、一七条二項一号が、青少年に対するみだらな性行為等を禁止し、この違反に対し刑罰を科することとしているのは、要するに「青少年の健全な育成および保護」を所期するものであること前叙のとおりであるから、これら事項は、地方自治法二条三項中の、住民の健康および福祉を保持すること(同項一号)、風俗を汚す行為の制限および風俗のじゆん化に関する事項を処理すること(同項七号)、未成年者を救助し、援護しもしくは看護し、または更生させること(同項九号)に当ると解すべきであつて、本件条例八条の二、一項所定の事項は、地方自治法二条二項の地方公共団体の処理する行政事務に属するというべきである。そして、刑法上、一三歳以上の婦女に対する姦淫ないしわいせつの行為は、暴行、脅迫または婦女の心神喪失ないし抗拒不能に乗ずる等してした場合にのみ処罰の対象としているので、一三歳以上の青少年に関する限り、本件条例の右規定は、刑法上犯罪とされない行為を禁止し、その違反に対し、刑罰を科すものであることは明らかであるが、しかし、刑法の強姦罪または強制わいせつ罪は、たしかに風俗犯としての面をももつていることは否定できないけれども、むしろ主として個人の性的自由ないし貞操を保護法益とするのに対し、本件条例が青少年に対するみだらな性行為を禁止するのは、「青少年の健全な育成および保護」を所期するものであるから、両者はその趣旨、目的を異にするものというべく、本件条例八条の二、一項、一七条二項一号が刑法に反するといいえないのはもとより、同条項所定の事項につき法令に特別の定めがある場合には当らないというべきである。もつとも、青少年に対するみだらな性行為等を禁止することは、ひとり地方公共団体の区域内における利害に関係ある事項にとどまらず、広く国民全体の利益に関係のある事項ではあるが、地方の実況に応じて「青少年の健全な育成および保護」を図る必要のあることは否定しがたいところであるので、これをもつて直ちに本件条例の右条項所定の事項が、地方自治法二条一〇項一号にいう司法に関する事務であるとし、国によつて処理される事務であるから、法律によつてのみこれを禁止しうるとの所説にはにわかに賛成しがたく、地方公共団体の自主的立法である条例によつても、これを禁止しうると解すべきである。

そして、憲法三一条は、かならずしも刑罰がすべて法律そのもので定められなければならないとするものではなく、法律の授権によつて条例によつて定めることもできると解すべきであるから、法律の授権のあること前叙のとおりである本件条例八条の二、一項、一七条二項一号は、憲法三一条に違反するものではなく、合憲合法のものであるから、これを適用して原判示第二の事実につき被告人を有罪とした原判決には、法令の解釈適用の誤りはない、というべきである。

よつて、刑事訴訟法三九六条、刑法二一条、刑事訴訟法一八一条一項但書により、主文のとおり判決する。

(参考) 昭和三八年兵庫県条例一七号

○青少年愛護条例

第八条の二 一項

何人も、青少年に対し、みだらな性行為又はわいせつな行為をしてはならない。

第一七条二項一号

2 次の各号のいずれかに該当する者は、五万円以下の罰金に処する。

(1) 第八条の二第一項の規定に違反した者

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